平成15年 松戸市は市政施行60周年を迎えました

対談ルポルタージュ 『すぐやる課太平記  扇谷正造

目次だけを読んでも読書欲をそそられる内容のように感じます。
抱腹絶倒のところもあると同時に、政治のみならず商店主としての心得の部分も、成功者の語りであるがゆえの説得力もあります。
著者・扇谷正造氏も対談を楽しんだようです。またロイ・ジェームスが出てくるところには時代も感じさせてくれます。
本町における松本清
すぐやる課長
歴代松戸市長・・・・
対談ルポルタージュ 『すぐやる課太平記』 扇谷正造  目次へ
  
表紙 臼井銀次郎「すぐやる課」初代課長                            裏表紙
産業能率短大出版部 昭和46年6月30日 初版発行
カバー見返しより 
扇谷氏 吉川英治氏はよく、
「フラット旅に出る。見知らぬ駅に降りたつ。町のほうから吹いてくる風が、頬をなでる。すると町の鼓動が私の胸にピーンと伝わってくる」
といわれたものだが、私もまた松戸市の市役所に一歩足を入れた瞬間、市民と職員の間に交流するある種の人なつっこさと一種の緊張感とを感得した。それは、よそでは感じられぬフィーリングであった。“共同体意識の形成”というのであるならば、松戸市はすでに、新しい町づくりに成功しているといえるだろう。

松本氏






「私のことをアイデア市長なんて、世間はいうけど、金があれば、アイデアなんて考えませんよ。アイデアは、いわば才覚であり、ヤリクリです。朝から晩まで、寝ても覚めても市のためのヤリクリを考える。そういうことでいいのかと時々、自分でも思います。明治以来、日本の戦争には、いつも美談がつきものだった。戦争美談がなければ、戦争はできなかった。日本は、どこかおかしいじゃありませんか。オーストラリアに行って、キャンベラでしたか、あそこで、人一人がかがまなければはいれない特殊潜航艇を見た時、私は涙が出て仕方がなかった」
本 文

目  次
この本をお読みになる前に

松戸市というところ

市庁舎がBCS賞候補
越境入学の千葉周作
都心まで35分
毎年2万ずつふえる
“デンシャやめちまえ”
私は“松戸市政株式会社” 社長
区画整理では日本一
親分なしの子分なし
俸給辞退は当選後に
無性格都市 “松戸”

“薬局・マツモトキヨシという男”

カタカナはハイカラだ
二店から六九店へ
スーパーに学ぶ
“最後の四分の一で勝負せよ”
「夜学生ほど月給は高い」
空箱をもらう悲しみ
社会党はハイカラだが
第一学科『金もうけ専科』
第二学科『サラリーマン出世術』
第三学科『女にもてるほう』
私の名は “松本六無斉”

新考課法 “自己評定について”

選挙人事はやらない
むずかしい公務員の給料
野に遺賢なからしめる
遺賢 : 官に用いられず、民間にうずもれている
     有能な人物 (書経)
“自己申告” はポイントが三つ
ポケットマネーで海外派遣
二通の表定評をつき合わせる
自分に甘い女子職員
“空色の組合旗” ひるがえる
若い人は生きがいを求めている

『すぐやる課』 難産記

レストラン・“ひまつぶし”と“せっかち”
リンカーンと松本市長
秘書課長は “カバン持ち市長”
行政へのお灸 『すぐやる課』
子どもたちにボール投げを
国道で犬がひかれたら
お灸の波及的効果

.
『すぐやる課』 繁盛記

休日は正月元日だけ
すぐやる課の仕事
臼井銀次郎と言う男
「お前の背中には火がついている・・・」
『すぐやる課職員』 フーズ・フー
新案特許 “のらくろハウス”
『すぐやる課』をためす
ある雨上がりの日に
“Today-go”課の市長さん
松戸珍菓 “寿久弥瑠菓” 始末記

あるサービス ─ 『出前係』について ─

松戸市の六大用語
“窓口の花は、あなたのその笑顔”
「市民は “お客様” と」
「ありがとう」 だけではすまない
市民の顔をこちらへ
いたずら一件もなし
“クジ付きタバコ” と “クジ付き選挙”

現代の革命 ─ ゴミ処理機

ゴミ ─ ある考察 
四五年八月のある日
寝耳に水のご注文
“トレマッシュ式” とは
電気冷蔵庫もコナゴナに
新幹線と濡れタオル
ゴミから建築材料を

ユーカリと鈴虫と

ヒントは宇部市
「市民に酸素をおあげしたい」
“時差リーン、リーン”
小鳥を呼ぶ木
ブタ草とラブ・グラスと
こどもの遊び場を作る法
千葉国体には “花の道案内”
あるG I の話

こども天国 ─ 『無脱臼都市』




百人のうち三人は!
三歳児の健康カード
精神病者とユーカリと

10 恩田木工と松本清

鼻つまんで飲ませる
道路の舗装は百パーセント
タダで体育館を建てる法
“第二市役所” ─ 松戸都市整備公社
松戸だからできること
住宅公団はなぜきらわれる?
松戸は団地も大歓迎

11 虹を架ける男

江戸川に噴水を
「市長、虹ならあります」
ロイ・ジェームスからかう

12 中央にのぞむこと

中央のお役人は理想主義者
融通の利かないやり方
貧しいからのアイデア
自民党よ、大衆に期待感を!

静かなブーム 『日暮硯』

木工、勘略奉行に
妻に離縁をいいわたす
見事な就任の挨拶
安堵につぐ安堵
いよいよホンバン
最後のギョッ
ディスカバー・ジャパニーズ

 遺賢 : 官に用いられず、民間にうずもれている有能な人物 (書経)

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歴代松戸市長

平成15年、松戸市は市政60年をむかえました。
その間、松戸市民は6名の市長を選出しました(8名のうち2名は官撰市長)。

しかし、松戸の名前を全国に知らしめたものこそ、松本市長の「すぐやる課」であったことに異議を挟む方はいないでしょう。

松本市政が松戸市のみならず、全国の地方自治体の意識改革 (国政への影響もあったかもしれません) のさきがけとなったことは、いまだに地方自治体の長 (岩国哲人氏ほか) や、総理大臣経験者 (細川護煕氏) ほか多くの方々 (石原都知事も言及したことがあるような気がします) の言葉の端々に、「松本市政・すぐやる課から受けたショック・・・」が出てくることからもあきらかです。

松戸にはそうした輝かしい過去もあったのです。


中央のお役人は理想主義者だ ─ 松本 清

過去に目を閉ざすものは結局のところ現在にも盲目となる。』 (ヴァイツゼッカー演説)

歴史を単に過去のもの、として切り捨てることは未来への希望も断ち切ることででしょう。

本年市政60年を迎えるにあたり、今一度良かったときも、またそうでなかった時のことも冷静に振り返りいただき、次世代へのささやかな指標としていただければ幸いです。

本町ジャーナル.

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戦後の松戸市政概史
本町における松本清
昭和18年(1943)
初代市長 門  六郎官撰

昭和21年(1946)
第 2代市長 川井卯之助官撰

昭和22年(1947)
第 3代市長 恩田  明

昭和26年(1951)
第 4代市長 坂巻林之助

昭和28年(1953)
第 5代市長 石橋與市

昭和32年(1957)
第 6代市長 石橋與市

昭和36年(1961)
第 7代市長 石橋與市

昭和40年(1965)
第 8代市長 石橋與市

昭和44年(1969)
第 9代市長 松本  清

昭和48年(1973)
第10代市長 松本  清
松本市長急逝に伴う市長選挙
第11代市長 宮間満寿雄

昭和52年(1977)
第12代市長 宮間満寿雄


昭和56年(1981)
第13代市長 宮間満寿雄


昭和60年(1985)
第14代市長 宮間満寿雄


平成元年(1989)
第15代市長 宮間満寿雄

平成5年(1993)
第16代市長 宮間満寿雄


平成6年(1994)
宮間市長急逝に伴う市長選挙
第17代市長 川井 敏久

平成10年(1998)
第18代市長 川井 敏久


平成14年(2002)
第19代市長 川井 敏久