イトーヨーカドーへのデッキを目的とした
    幻の「東口街づくりプラン
・・・当然のことながら、デッキ完成とともに夢と消えた・・・

松戸市東口街づくり計画策定委員会・松戸市共同作成(昭和53年10月)
本町ジャーナル編集




















@
A




B

   

C
D






舗装のアイディア
1970年代末、市は松戸東口斜面緑地にデパート誘致を計画し、候補企業は変遷を経てイトーヨーカドーとなったが、交通混雑解消のために、駅からのペデストリアン・デッキ(以下デッキと言う)設置を条件に出店を決定したと言われている。
しかし当初、松戸市は東口商店主・住民に斜面地にバスターミナルを設置し、駅とデッキで結ぶという案で東口住民に説明したが、その後東口商店会新年会で斜面地にはバス・ターミナルではなくデパートを誘致することを発表した(松戸市商工課長:鈴木譲氏)。

公共施設(バスターミナル)のデッキ設置はよしとするも、一民間企業・デパートと駅を直結されては道路上の商店は壊滅的打撃を受けるゆえ、絶対反対の声もあったが、その後松戸市近代都市課(その後、企画課をへて都市整備課)の指導により、駅前に接し、デッキが設置されれば恩恵を受ける商店主が幹部を務める商店会は「松戸市東口整備推進委員会」を組織し、会の名により松戸市に東口整備を要請した。

松戸市は、“まってました!”と上記プランを松戸市と東口商店会との共同組織・街づくり計画策定委員会の名により作成し、上記委員会に答申した。

そのプランによれば、東口は駅からのデッキを商店会に“クモの巣状”に張り巡らし、商店は一階だけでなく、三階にも入り口を持つことができる、という夢のプランではあったが、都市計画決定もないままで、はたして自主的に建物をセットバックし、デッキに提供させることなど出来るだろうか、という疑問をもちつつも、地域に無関心の商店会は松戸市と商店会幹部の言を漠然と出来えないもの信じて整備計画受諾を決定した(反対者は商店会同意書に押印せず)。

その後、イトーヨーカド−完成に伴いデッキ建設計画が目前となって商店主ははじめて危機意識をもち、遅まきながら自らの決定を自ら壊す反対運動を開始した。
ヨーカドーへの直行デッキは取りあえず回避したが、市は民間企業者の協力を取り付け、駅〜商業ビル(デンキランドビル)〜暫定デッキ〜ヨーカドーを完成させた。
その後商店会は、直行デッキ建設の条件として、松戸駅〜市役所への買物通り整備を含む20項目の整備事業を市に要請し、市はこの条件をことごとく果たし、駅〜イトーヨーカドーへの直行デッキは完成し、ヨーカドーへの買物客は恩恵を得たが、東口商店会は自らの不明によって資産価値低下を含む壊滅的打撃を受けたのである。

このなかで新しい“市の判例”(?)が出来た。
ポンテビル、また駅前道路隅切り部分はそこに接道している建物所有者がデッキを建設し、市に寄付するという形が認められたということである。この方式によれば、公道上に自地に行くための通路をつくれる、ということなのである!!
こうした企画はそのほとんどが宮間市長の指揮のもとに行なわれた。その後も、こうした手法をすばらしい行政テクニックと崇拝することになった現幹部職員によって現在の松戸市の都市整備はなされているのである。

この東口整備問題に付いては、ほかにもまさに“お見事!”といっていい、ペテン師顔負けの行政のテクニックがあったが、次回に譲ることにする。