三菱地所による開発計画以前の二丁目 これだけの通用道路・路地を含んだ土地の形状変更は、開発行為ではないのか?.
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昭和28年〜32年頃 |
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昭和36年ごろ |
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昭和36年、三菱地所による開発前の二丁目(民間広告図/松戸二丁目二丁目案内図) (当時の市長石橋与一氏もスポンサーとして名前が載っています) |
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昭和49年ごろ 大通り〜伊勢丹への道は拡幅されています |
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| 結局三菱地所は空き地を作り、丸紅に売り逃げただけだったのか? | |||||||||||
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| 地元プランほか 西口の挑戦 |
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昭和5年の松戸町案内図 |
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赤い道路は、中通り(現在のふれあい通り)への道で、広場はお稲荷さんがあって、初午のときは近所の子供がお神楽で大賑わいでした。 |