二丁目再開発の経緯

昭和50年代 三菱地所が取得. 
市役所「松戸西口周辺開発室?」設置.
具体的な地権者協議も始まる.
 
計画案にもとづき用地交渉、取得

昭和60年代 景気衰退により事業計画中断
以後、駐車場として利用される
地元側管理は「○○○○○産業」

平成10年頃 松戸市と住宅公団による再開発案
当初、再開発の必要性については地権者9名いずれも合意した
しかし、換地の調整がつかず難航
角地(旧山田屋呉服)希望者が多数(○○、○○、○○)のため、当初の計画は棚上げとなり、一時中断
 
しかし公団側は積極的に事業化を再検討する
翌年、地権者希望を取り入れた新案提示
地権者一名(○○○)が反対に廻ったため、再開発の協議不調で公団はやくなく撤収
 
同じ頃、三菱地所では事業を都心集中に方針転換
首都圏の保有地売却を進める 
二丁目もその対象のため入札された
 
住宅公団、丸紅ほか数社が応札
丸紅が最高額で落札した(十数億らしい)
このとき公団が落札していたら上記の計画を継続して協議しているはず

平成13年 11月中旬、土地名義は三菱地所から丸紅に移る
この頃より本町にも、丸紅が買い取ったとの噂が出始める
かねて懸案事項であった「ふれあい通り」に面する駐車場への出入口が閉鎖される

平成14年 2月13日ごろ
三菱地所駐車場管理者より、丸紅ビルの建設計画および容積率アップの陳情の話が、近隣自治会、商店会に要請されたが、一笑にふされる
あらためて建築計画見直しの話画ではじめる

2月27日
丸紅株式会社開発部住宅課社員、近隣商店会、自治会長宅を訪問
5月ごろ着工予定を表明
建築計画を公開と同時に、施工業者未定のまま公開掲示板設置

3月1日
本町自治会、松戸市に公開質問状提出 回答を3月同時にホームページに本問題サイトを掲載開始

また、丸紅株式会社社長辻亨氏にあて、二丁目、本町自治会長連名で、設計計画の一部変更のための工事着工延伸を要請

3月22日 松戸市より公開質問状の回答
本町自治会は、丸紅および松戸市にとって、よりよきマンション計画案を提示
再度、地元案を添付して丸紅社長に送付
本計画案は市長、松戸市都市整備本部、経済部、建設部当にも送付
松戸西口活性化および生涯学習センター、図書館等の整備のため、丸紅に対する説得を要望

3月末 本町自治会HPに 「西口の挑戦」 掲載開始
 
4月 8日 松戸市および丸紅より、いまや、方針変更できない旨の連絡

4月18日 松戸市に開発行為についての公開質問状

4月19日 千葉県への質問状

このころ、丸紅が二丁目中通り通り商店会長に、工事車両のための 「ふれあい通り」 通行許可を求めるが、会長拒否

4月22日





丸紅および建築業者戸田建設、中部小学校に工事車両通過に関する説明のための訪問
中部小学校および中部小学校PTAは、地域との未調整問題のほか、本件建築物が法的未解決問題を含んだものであることを理解し、丸紅及び施工業者の訪問を受けたが、書類を受領したのみに留める

4月23日 松戸市より上記公開質問状に対する回答

4月25日 A氏の建築確認書発見

4月26日 上記回答に対する再質問状(42条2項道路追加)提出

4月27日 千葉県より質問状に対する回答
       西口と丸紅マンションを考える会発足会