平成6年6月30日
4商店会合意のもとに作成・市長に提出したもの
| 文字色 WEB編集 本町ジャーナル |
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松戸駅西口商業環境活性化について
平成6年6月30日
国鉄常磐線敷設以降、松戸駅西口は松戸の中心街となったが、東は鉄路によって、また西は江戸川によって遮断された南北に細長く延びた商業地域である。(鉄路に分断された松戸の東西はかつて踏切によって連絡されていた)
道路交通の発達に伴い、踏切による東西の平面連絡は地下連絡、越線橋に取って代わり、車両による往来は複雑困難となり、かつて同一町内であった東西は現在事実上、まったく別の地域となっている。こうした状況の松戸駅西口において営業を営む我々にとって、商圏を東西に拡張することは困難である。 しかし、西の坂川・江戸川の存在を「商圏の遮断物」として捉えるだけでいいのか。 天然の財産である河川・・・ たとえ商業環境としては「一局集中商業都市柏」にかなわぬとしても、「柏が求めようにも求めることができないもの」が清流・河川である。
清流である限り河川は「贅沢品」である。 これが松戸においてはその中心駅より徒歩5〜6分に存在する。
松戸駅より江戸川土手に至る道のりを、「清流・自然公園を有する贅沢な商業環境」と捉え、「西口を降りたら、なんとなく江戸川土手まで歩いてしまった」とすることが、まずはじめに地域の特性を生かす出発点ではないだろうか。 これこそが「柏が求めようにも求めることができない自然環境を有する街」として松戸の生き延びる道となるのではないだろうか。
清流は贅沢品である。松戸は柏にはない清流を有する。 いかにそれを活用するか?
新開橋、水上交通など夢はふくらむが、膨大な資金を要し、また「ただちに経済効果を求めるような企画」は往々にして利害の衝突を生み挫折する。 弛まず長い目で、まずもって「つい江戸川まで足が向いてしまう街」としてのイメージを定着させる。
江戸川まで足を運ぶきっかけを「松戸駅より江戸川土手までの街路樹」に求める。 かつての商業活性化施設アーケードを緑の街路樹に替える。
「松戸駅を降り、緑の商店街にそって歩いたらそこは江戸川だった」とする。
「水の清流化」だけが当面の課題であって、公園等の設備を優先させることではない。
莫大な財政負担、特に「後の維持管理費」を伴う付属設備(親水公園等)が重視され、肝心の清流が後回しにされることは本末転倒である。
坂川の清流化は上は門戸の江戸川取水口より、松戸競輪場前、本町、春雨橋、赤入水門、松戸総鎮守松戸神社から小山、矢切に至らせる。 それは江戸川と連絡し、松戸西口の「面の活性化」の第一歩となる。
江戸川のみならず、松戸駅より近距離の清流・坂川沿いの地帯は、よき自然を有する現況のままで柏とは異なる「散歩・散策を楽しめる街」となる。
「きつね橋」もかつての姿のままに復元する。
松戸西口周辺がその天然の特徴を生かし、「柏が求めようにも求めることのできない財産」を有した独特の環境を確立すること。 当面松戸西口商業活性化はこれに尽きるのではないだろうか。 総武線のように「常磐線・千代田線の高架化」「車両による東西の簡易な通行」(※現在はクルマで東西への行き帰は、迷路のようである)は松戸住民の究極の願いである。 これは今後何年かかろうと、飽きることなく実現に向けての夢を持ち続けなければならないが、現況のなかでは松戸西口商業活性化は以下に集約されると考える。
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松戸駅から江戸川までの街路樹による商域の拡大(この自然に恵まれた市域の4商店会に最もふさわしい施設である緑の街路樹の設置) | |
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坂川の水の清流化(川底の浚渫も含む) |
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インフラ、特に道路交通網の極めて劣悪な現在の状況の中で、望めようもない「柏のような商業集積」を期待することはまさに「鵜の真似をする烏」である。
「柏とは異なった商業圏の在り方」を自覚し、 「この自然環境を認識し、活用すること」
この地に住み、営業を営む我々は、このことこそが「松戸駅周辺の活性化の基本」となることを確信する。 平成6年6月30日
※一部編集しました(本町ジャーナル)
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| 江戸川関連サイト(本町自治会HPより) http://www.honcho-matsudo.com/edogawa.htm |